文化
1946年、中原淳一は「それいゆ」「ジュニアそれいゆ」を創刊、世界の名作物語や洋服、身だしなみ、小物の作り方など多様な企画をみずからの美意識にそって編集、文学・ファッション・美術・生活の全領域にわたる少女文化を提示した。
その後日本は高度経済成長をなしとげ、一部の富裕な階層の少女だけのものだった少女文化が大衆化し、「少女」的な属性があまねくすべての(あるいはほとんどの)若い女性に備わっているものと考えられるようになった。こうした時代を背景に、少女漫画やサンリオなどのファンシーグッズが一般化する。
1980年前後は、少女漫画やコバルト文庫をはじめとする少女小説が新しい表現を生み出し、男性にも注目された。
しかし少女による文化の享受は、男性による文化の独占をおびやかすものであり、大衆化した少女文化は、おおむね男性とは一線を画した少女趣味的なものにとどまった。これに飽き足らない少女たちは、1980年代以降映画、音楽、演劇、小説といった男性に独占されていた分野にも視野を広げ、独自の価値付けを行った。ファッション雑誌の「Olive」は、ファッションとともに音楽、映画、インテリア、絵本などをライフスタイルとして提案、「雑貨」や「渋谷系」を定着させた。こうして少女文化は多様化と拡散をとげ、1990年代後半以降は、従来の少女趣味の枠にとどまらない多様な傾向の少女文化を含む「乙女系」と呼ばれるサブカルチャーが勃興した。